
夜の桜を撮る
夜の桜は昼とはまた異なる表情を見せていて、それはそもそも夜が昼とは異なる世界をつくり出しているということによるのでしょう。昼の桜がぼわっとした春の陽気を表わしているとすれば、夜の桜はしんとした空気の眠りの中にいるようです。

おぼろげな光に照らされて、夜の闇をあばくようにたたずむ桜。そのおぼろげな輪郭が暗闇に溶けていきます。

ところどころに光る街灯が夜の道を照らすと、それは夜の住人だけが知る世界への入口のように見えるのです。

向こうの方に知らない世界が扉を空けて待っているようで、果たしてそこに扉は開かれているのだろうか、という一抹の不安をかき立てます。

月が桜を照らすのか、桜が月を眺めているのか、あるいは月が桜を見下ろしているのか、輪郭はやはりぼんやりとしています。

小さな小人たちが小さな声でささやき合うような密やかな息遣い。静寂を乱してはいけないという暗黙のルールが夜なのです。

月が夜を照らしていて、4月のひんやりとした夜に身体を冷やしながら、僕はシャッターを切るのです。

人の世界と人ではない世界。その入口と出口もぼんやりとした境界のまま、それでもどこかに一線は引かれていて、ここから先は立ち入り禁止。そう言われているような春の夜です。

